basilsの日記

イノベーションについて考察するブログ。その他、アルバイト日誌、感想文、雑感など。

イノベーションとは結局何なのか?  -実証主義研究における概念の形成プロセス-

 イノベーションとは、新しい概念の形成と普及のことだと思う。ではその過程は、具体的にはどう進むのだろうか?具体例を用いて分析してみたい。

 

 

 用いる例は、クラーク&藤本『実証研究 製品開発力ー日米欧自動車メーカー20社の詳細調査』で提唱された重量級プロダクトマネジャー(Heavy Weight Product Manager)という概念である。製品開発論のレビューには必ず登場する概念であり、実際の企業の組織づくりにも多大な影響を与えた。おおざっぱにいえば、HWPMとは外部統合と内部統合を同時に達成するプロダクトマネジャーのことである。外部統合とは、組織外から製品に寄せられるニーズを、統一的なコンセプトへとまとめあげる機能のことである。一方内部統合とは、さまざまなコンフリクトのもとにある機能部門間を調整し、統一的な製品コンセプトの実現へと動かす機能のことである。HWPMは、外部統合と内部統合を同時達成する強力なマネジャーである。顧客のニーズが多義的で、かつ構造が複雑な自動車のような製品の開発では、HWPMがいる組織はより高い成果をあげられる。そう主張したのが、上のクラーク&藤本研究である。

 

 では、この概念はどのようにして形成されたのか。その過程を理解するのに参考になりそうな部分を引用する。

 

「まず、各社の開発組織を次の三つの軸で比較した。①開発要員の専門化度 ②内部統合度(企業内部門間調整活動の度合い) ③外部統合度(商品コンセプトの形成・具体化を通じた、開発組織と顧客との統合活動の度合い)。

 

 比較にあたっては、公式の組織図などに現われる表向きの違いだけでなく、情報システムとしての開発プロセスの内部分析によって得られる、細かい行動様式の違いに関する組織変数群も測定した。

 

 従来の組織設計論は、この三つのうち職能別専門化と内部統合の二次元を重視したものが多かった。第三のファクターである外部統合は、境界連結(バウンダリー・スパンニング)という概念で把えられることはあったが、その場合でも境界連結機能は環境の変動・不確実性の吸収といった消極的なバッファー機能とみられがちであった。本章では、情報創造の観点から、これをもっと積極的なもの、つまり環境を解釈し、シミュレートし、さらに市場環境と開発の内部プロセスとの整合性を保つ機能と見なし、これを『外部統合』と呼ぶことにする。」(『日本の企業システム 第 2巻 組織と戦略』 p250より

 

 このように、HWPMという概念は2つの段階を経て生まれた。まず、従来になかった外部統合という概念が作られる。これは、市場と組織を結びつける境界連結機能を再解釈することで生まれた概念である。それまで境界連結機能は、「消極的なバッファー機能」とみられがちだった。クラークと藤本は、この境界連結機能を再解釈した。つまり、「市場と組織を結びつける」という意味の大枠は維持しつつ、その内実はより積極的な解釈・シミュレート・整合性維持の働きだと規定したのである。

 

 つづいて、この外部統合という概念が内部統合という概念と結合される。内部統合、すなわち企業内部門間の調整機能という概念は、従来からあったものである。それによって、内部統合と外部統合を同時に行う者であるHWPMという概念が作られた。

 

 ここで注意したいのは、外部統合という概念が作られてはじめて、HWPMという概念は真に新しいものになったということである。仮にHWPMを「境界連結機能と内部統合を同時達成する者」と定義したならば、HWPMは真に新しい概念とは言えない。HWPMとは言い換えるならば、「多義的で曖昧な市場のニーズをくみ取って統一的なコンセプトを創造し、その実現のために部門間調整を行うマネジャー」、つまり「製品コンセプトの創造と実現のため、外部と内部に働きかけるマネジャー」である。この概念が意味を持つのは、外部統合が「製品コンセプトの創造」と定義されている場合においてのみである。そうすることではじめて、「コンセプトの創造と実現」という一貫性が生まれ、したがって実体のあるものになる。仮にHWPMを「境界連結機能と内部統合を同時達成する者」と定義してみよう。このとき、HWPMとは「環境の変動や不確実性を吸収するバッファー機能と、内部の部門間調整を同時に行うマネジャー」ということになるだろう。しかしこの2つの機能の組み合わせには、何の一貫性もない。「バッファー機能」と「部門間調整機能」という2つの間には、「コンセプトの創造」と「コンセプトの実現」の場合に見られるような一貫性は何もない。あるのは単なる既存概念の並立である。たしかにこの組み合わせ自体は新しいかもしれないが、意味のある新しさではないだろう。

 

 以上の分析から、前回(http://basils.hatenablog.com/entry/2013/05/28/011312)粘土像のメタファーで分析した「足し算的概念形成過程」がどのようなものかわかるだろう。「個々のパーツづくり」は、下位概念を見つけてくることである。HWPMでいえば、「内部統合機能」と「境界連結機能」である。そして「パーツ間の接合部の調整・バランスの調整」は、各下位概念の再解釈・調整である。HWPMでいえば、「境界連結機能」を再解釈して「外部統合機能」とし、「内部統合機能」との一貫性を持たせることである。そして「パーツの結合」とは、各下位概念を結合することである。HWPMでいえば、「外部統合機能」と「内部統合機能」を結合することである。こうしてようやく、「均整の取れた人間の像」すなわち「一貫性のある新しい概念」が完成する。

 

 しかし、具体例に即した以上の分析にも、問題はまだまだ残る。第一に、「新しさ」をいくつかの意味に区別しなくてはならないだろう。数段落前に、「たしかにこの組み合わせ自体は新しいかもしれないが、意味のある新しさではないだろう。」と述べた。では、「組み合わせの新しさ」と「意味のある新しさ」は何が違うのか?それが「一貫性の有無」で区別されるとして、ではその「一貫性」とは何か?

 

 もう一つの問題は、今回分析した例が実証主義的研究における概念形成の過程だったことである。ここでの分析は、他の概念形成過程にどこまで当てはまるのだろうか?また、引き算的概念形成過程の説明と整合性はとれるのだろうか?

 

 これらの問題について。それはいずれ。

 続き→http://basils.hatenablog.com/entry/2013/06/07/004805