basilsの日記

イノベーションについて考察するブログ。その他、アルバイト日誌、感想文、雑感など。

イノベーションの本質は何なのか? -貨幣、実数、空間についての考察-

世界には数多の既存の要素が飛び交っていて、それらは自らの力学にしたがって絶えず合従連衡を繰り返している。
 
 そうした運動の産物のうち、私たちにとって未知だったものを、私たちが「新しいもの」と呼んでいる、と考えられるだろう。そこで、これらの要素がどのような原理で運動しているかを考えてみることが、新しいものが生まれるプロセスへの理解を深めるのに役立つだろう。
 
 こうした様々な要素の原理の一つ目は、連続的性質と分節的性質である。前者の特性を持つ要素の代表格は実数、貨幣、数学的空間である。一方後者の代表格は記号、人格、経営組織である。今日はこのうちの、連続的性質について検討してみる。
 
 
 連続的性質を持つ実数のような要素も、分割が可能である。たとえば、実数の「10」を二つの「5」に分割することができる。一方、記号のような分節的性質を持つ要素は現実の分節を行う。では、連続的要素における分割と、分節的要素における分節は、何がどう違うのか?
 
 まず第一に、分割された状態間の交換可能性が異なる。実数の2つの「5」は交換可能である。しかし、虹の色の「赤」と「紫」は交換可能ではない。
 
 第二に、分ける前の要素の性質が異なる。連続的性質を持つ要素は、すべての領域において均質である。数直線上のどこをとっても「1」の幅は一定であり、100円と101円の違いは100万円と100万1円の違いと等しい。
 
 第三に、分けることの意味が異なる。分割の場合は、単純に要素の大きさを小さくすることが目的である。違いをつくり出すことは、主要な目的ではない。しかし分節の場合は、違いをつくり出すこと自体が目的である。
 
 第四に、分けた後の各状態の内実が異なる。分割した場合は、分けた後の状態の中身が均質である。たとえば「5」という状態のどの部分をとってみても、均質である。一方分節の場合は、分けた後の状態の中身は異質である。分節によってある種の色をまとめて「赤」と呼ぶことにしても、内実はさまざまな色の集合体である。つまり、さらなる分節の余地がある。
 
 連続的な性質は、多くの場合仮想的なものである。人間の想像力が造り出すものである。我々がある要素に連続的性質を付与することでしか、その要素は連続的にはならない。
 
 連続的性質をもつ要素は、どのような特徴を持っているか。そしてそれは、世界の動きにどのような帰結をもたらしているのか。
 
 まず分かりやすいのは、均質化作用である。たとえば、1つのリンゴも、1つのみかんも、実数によってあらわせばともに「1」である。異なるものを均質なものとして扱える。
 
 つづいて、媒介作用がある。均質化作用の帰結として、異なるもの同士の間の媒体として機能できる。たとえばAを売って貨幣を得て、それでBを買うという場合、貨幣は媒介的に機能している。
 
 これらの性質のおおもとにあるのは、抽象化による操作可能性である。連続的性質は、抽象的なものである。そして連続的で均質であるがゆえに、それはいかなる種類の操作も受け入れる。